著者校正前の原稿ですので、実際の文庫とは違う個所があります。ご了承ください。

《はみだしバスターズ1》ドラゴンなんて怖くないっ!

1:なんてコトないいつもの日常

 頭上の一点から東へ向かって、一条のきらめきが流れていった。
「あ! また流れ星!!」
 思わず弾んだ声を上げる。
「今夜は流れ星が多いわ。願いゴトがかなうといいなァ……」
 なんてコト言ってるしりから、またひとつ、ふたつ。
「わお! すっごい!!」
 あんまり奇麗なんで歓声まで上げてしまう。願いゴトを唱えるのを忘れていたのに気づいて、慌てて三回。
「お金お金お金〜っ!」
 上手くいったのに気をよくして背後を振り返る。けど、誰もこっちを見ていない。
「ねェ! 見てってばァ!! あんたたちもお願いくらいしたら!?」
 ちょっとふてくされて声を張り上げる。大声を上げないと聞こえないくらい周りが騒々しかったからだ。でも、どーして、こんな凄いのに誰も反応してくれないのよ?
「クリス、おまえな〜!」
 ようやく返ってきた声はご機嫌斜めのようだ。
「なによォ!?」
 咆哮。地響き。風切り音。
 そんなものに負けないように腕を腰に当てて声を張り上げる。
「こっちはそれどころじゃねー!」
「そんな、余裕は、ありません――」
「バカ抜かすなっ!」
「冗談はいけませんね」
 四つの怒鳴り声が同時に響いた。そんなにいっぺんに言われたってわかんないわよ、普通。でも、あたしは大丈夫。
 まず最初の失礼なのがガティス・トーネン、通称ガティ。
 次の切れ切れでか細い声はトレグ・ナレグ。
 三つ目の問題外に失礼で野太いのがヴァン・バース、通称バス。
 最後が落ち着いた渋い声のセルフォ。
 あたしはさっきガティが叫んだとーり、通称クリス。正式にはクラリシア・ドゥーガル。こー見えても天才的な魔法使い。さらに加えて、遠慮気味に言うけどかなり美人の部類に入るわね。
「大変そうねェ……」
 あたしは杖を持った右手を左右に振ると、ちらっと視線を四人に向けてつぶやいた。その向こうで大きな物が動いたような気もするけど、あえて無視無視。
「そうか? そう思うか?」
 一瞬の静寂の合間を縫って、ガティが聞いてきた。語尾が震えているのは気のせいかしらね?
「まあ、ちょっとはね」
「そう思ったら、こいつを何とかしよーって気になんねーか!?」
 ガティの声はゴゴォッーと吹き出す炎が立てる轟音にかき消えてしまった。
「あんまり乗り気になんないわねェ……」
 腕を組んで、ふっとため息を漏らす。なるべく見ないようにそっぽを向く。
「フッ……じゃねー! そっち行ったぞ!!」
 ガティの怒鳴り声に振り向いたあたしは思わず呻き声を上げてしまった。みっともないったらありゃしない。
 でも、炎の塊が自分に向かってきたら誰だって悲鳴くらい上げるはずだわ。ひょっとしたら座り込んで泣き出すかもしれない。あたしだから唸り声くらいで済んだのよ。
 反射的に杖を突き出し、障壁の呪文を唱える。こんな一刻を争う緊急時にもスラスラと呪文が口をついて出るのもあたしならでは――。
「あら?」
 最後の文句が出てこない。火球は目と鼻の先。
 あたしは慌てて草むらに飛び込んだ。
 ゴゥッ!
 轟音が頭上を飛び去る。
 グォンッ!
 爆音を発して火球が弾け、さっきまであたしの後ろにあった小山をひとつ炎にまみれさせる。
「間一髪ぅ……」
 あたしは小山にチラッと視線を向けた。これでも運動神経にはちょっと自信があるのよね。
 立ち上がった瞬間、嫌な臭いに気づいた。
 顔の辺りに広がっているツンと鼻をつく臭い。
 これって……。
 頭のどこかで小さくプチンと何かが切れた。
 草が髪の毛とケープにまとわりついてたけど、払いもしないで草むらから出ていった。
「あんたたちっ! さっさとどきなさいっ!!」
 手こずっている四人に声を上げて杖を振り払う。
「ゲッ……。クリスがキレやがった――」
「今回は早かったじゃねぇか」
 ガティとバスのつぶやきを無視して、杖を頭上にかざす。
「よくもあたしの奇麗な前髪と眉をチリチリにしてくれたわね……。手入れが大変なんだから」
 あたしは火球を吐き出した相手をにらみ上げた。
 ゴツゴツした小山のような胴体から大木のような首が伸びている。その先にはぱっくりと二つに裂けた口。不揃いの牙が並び、チロチロと動く長い舌が垂れている。その先端から唾液が地面にしたたり落ち、ジュッと草を焼く。
「ブサイクな顔してよだれ垂らしてるんじゃないわよ!」
 言い放つと、目の前のドラゴンに向かって杖を突き上げ、呪文を唱え始めた。杖の先端に光が集まり、拳二つ分くらいの球になっていく。ビリッビリッと震えながら、空気が焦がされるような独特の臭いがしている。
「とっとと倒されなさいっ!」
 雷球を投げつけようとした瞬間――。
「クリスッ!」
 何か勘違いしたのか、それともあたしの色香に迷ったのか、ガティがあたしに向かって突っ込んできた。もつれ合って草むらに倒れ込む。
「わわっ! なんてコトすんのよぉ――」
 思わずわめいた直後、ドラゴンの長い尻尾があたしとガティの頭上をかすめ去った。あのまま立っていたら頭を吹っ飛ばされていたかもしれない。いや、絶対だ。
 ガティの革の肩当てがあたしの顔に押しつけられている。あ、助けられた訳ね。
 お礼を言いかけたところで気づいた。杖の先端に輝いていた雷の球が消えている。
「どこ行ったのよ!?」
 すぐ近くに迫っていたガティの顔を思いっきり押しのける。
 起き上がって見回した瞬間、ドンッと派手な――嫌な音が響いてきた。
「ひょっとして――」
 地面にひっくり返ったまま、ガティがつぶやく。
「村の方、ね」
 アハハと笑いながら、あたしはガティにつかみかかった。
「あんたのせいよ〜!」
「ちょっと待て! 俺はおまえを助けたんだぞっ!! 村にアレが飛んでいったのは別問題だろーが?」
「そうやって逃げるわけね」
「いや、そうじゃなくて……」
「パーティは一蓮托生よ!」
 ガティに決めつけると同時にズシンと地響き。
「何やっとる!?」
 いかにもドワーフらしいバスのドラ声に顔を上げると、ドラゴンがそこまで迫っていた。
「早く! 私が風でドラゴンを抑えている間に!!」
 セルフォの叫びは珍しく切羽詰まっている。エルフは普段もっと冷静なんだけど。
 ガティが逃げるようにあたしから離れ、長剣を抜き放った。失礼ね、こんな美人にのしかかるチャンスなんて、こんなどさくさじゃなきゃ滅多にないのに。
 あたしの方は杖を差し上げ、もう一度呪文を唱え始める。セルフォの風の障壁はそんなに長くは保たない。大体、精霊召還はこんな荒事には向いていないからね。
 杖の先端にもう一度光球を造っていく。手頃な大きさになったところで、セルフォに声をかける。
「行くよ!」
 同時に雷球を放った。
 ドラゴンの周囲で渦を巻いていた風がフイッと消えたところへ、あたしの特製雷球は吸い込まれるように飛んでいった。これでもう勝負あったも同然。
 ところが、よ。
 タイミングが悪かったのね。セルフォの風の障壁が完全に消えてなかったのか、雷球は狙いをそれてドラゴンの頭を吹っ飛ばす代わりに、首の付け根辺りの肉を大きく焼き焦がしちゃった訳。
 耳がおかしくなるような咆哮を放って、ドラゴンはあたしに突っ込んで来た。
「あっち行きなさい、あっち!」
 あくまでも聞き苦しくない程度の悲鳴を上げながら、腰の帯に吊していた作り置きの火炎玉を適当に引きちぎって投げつけてやった。
 足元に燃え上がった炎を見てひるんだドラゴンは巨体をのけぞらして進行方向を変える。
 ふん、あたしを踏みつぶそうなんて十年早いわよ。
 もっとも謙虚なわたしはすぐに傲慢な態度を改めた。バスの叫びが聞こえたせいもちょっとはあるかもしれない。
「村の方に行ったぞ!」
 そんなコトだろうと思ってたのよ。
 あたしは出番を待ってくれている四人の元へいそいそと走っていった。
「早くしろ!」
 ガティが急かす。
 バスの戦斧と一緒にガティは長剣で後脚を斬りつけているが、ドラゴンの方はそんな痛みなど首を焼かれた激痛に比べれば大したコトではないようだ。咆哮を上げながら村への突進をやめる気配はない。
 セルフォが声を張り上げて精霊を召還し、もう一度風の障壁を生み出した。
 体力ないのに無理してるわね。主役のあたしが着くまでの時間稼ぎのつもりね。殊勝な心がけだわ。
 ドラゴンが障壁にぶつかって弾き飛ばされた。衝撃でセルフォの術が解ける。それがわからないのか、ドラゴンは首を反り返らせ、大きく息を吸い込んだ。
 やばい!
 思わず首をすくめた途端、派手な音を立ててドラゴンの口から火球が吐き出された。
 燃えやすい唾液を固めて一気に吐き出すと、空気に触れて発火する。これが火球の正体だ。元々が唾液なだけに何かに当たるとバッと弾けて周囲の物に飛び散って、さらに燃え広がる。
 火球は一軒の民家に当たり、そこから弾けて周囲数軒に炎が飛ぶ。さっきの事故で一軒がすでに燃えていたから、ちょっとひどい状況になった。事故が目立たなくなったのは確かかも。
 ドラゴンがもう一度火球を吐くには時間が必要だ。今の内に決着をつけてしまわないと面倒だ。
 あたしは疾った。
 疾りながら呪文を唱え、息が切れる前に最後の一節を叫び終えた。
「行けっ!」
 一呼吸おいて叫ぶ。雷球は杖から離れてドラゴンの方へと飛んでいった。
「これでいいわね」
 さらに火事を消し止めるために雨雲を呼ぼうとして呪文を思い出す。確か……。
 うろ覚えの呪文を詰まりながら唱えていくと、確かに夜空に黒雲がわき上がってくる。
 うん、あってるじゃない。
 すぐに雨が降り始めた。これで火の手も治まるはずだ。
 バスとガティが斧と長剣でドラゴンの気を逸らし続けていたお陰で、ドラゴンは村の中心部には入っていない。村の端っこにある数軒が焼け落ちただけで済みそう。
 そんなコトを思っていると、次第に雨足が強くなり始めた。
「あれ?」
 見上げると黒雲の中で光るものがある。
「あら……」
 次の瞬間、空から村の入口近くに立つ巨木に向かって閃光が走った。一瞬遅れて甲高い悲鳴のような轟音が空気を裂く。
 落雷が大木を真っ二つに割った。
 辺りから閃光の余韻がなくなって、ようやくまともに目が利くようになった。けど、ドラゴンはまだ暴れている。どうやら、本物の雷にあたしの放った雷球が飲み込まれてしまったらしい。
 その間にも雨はさらにひどくなって、目を開けてるのもつらい。地面はほとんど水田の中を歩いているみたいな感じになった。気持ち悪いったらありゃしない。
 とにかく真っ直ぐに歩くしかない。しばらく進んで、ふと目を上げると何か大きな物が行く手を遮っていた。
「なによ、これ?」
 見上げるあたしに横手からガティの叫びが飛んできた。
「逃げろ!」
 あたしの前にはドラゴンの前脚がそびえ立ち、さらにその上には長い首が天まで届きそうに伸び上がっていた。あたしに向かって火球を吐くつもりなのだ。
 どうしようもない。今から呪文なんか唱えても間に合わないし、逃げたってたったの一歩で追いつかれる。
 一七年の短い一生だったわ……。
 あたしが人生を振り返ろうとした瞬間、再び空を閃光が覆った。
 一瞬、何が起こったのかわからなかった。気がついた時にはドラゴンの頭は消し飛んでいた。
 稲妻がドラゴンの顔に命中して、頭部を跡形もなく消し去ったんだと気づくにはちょっと時間がかかった。その間に巨体がグラリと傾き、崩れ落ちた。
 やばいと思う間もなく、泥が盛大に跳ね上がってあたしの頭から一張羅のケープ、靴にまで飛びかかる。
「最低ぇ……」
 顔に跳ねた泥をぬぐいながら見回すと――。
 どしゃ降りの雨の中、村は、奇麗に半壊していた。


2:やっぱりこうなるわけ?

 夜空にかかっていた黒雲がようやく溶けるように消え、一の月も半分欠けたような姿を見せている。雨も止んで、地面もこれ以上ぬかるむコトもないだろう。
 あたしが遠ざかる村にチラッと目を向けたのを見て、ガティが声をかけてきた。
「胸が痛むか?」
「どーして、あたしの胸が痛むのよ? 大体、あれで全壊? あんなのせいぜい半壊程度じゃない」
 すぐさま言い返してやる。
「最初の雷球でしょ? 次の雷球でしょ? 最後の雷球でしょ? 三つともはずれたのは、ぜ〜んぶ不可抗力じゃない?」
「雨はどうですか?」
 指折り数えて答えたあたしに、セルフォが憎らしいくらい落ち着いた声で訊く。どーしてエルフってこうなんだろう? それにあれだけの雨の中、腰までかかる長い銀の髪も、薄い藍色をした長いマントもちっとも濡れたように見えない。
「ちょっと呪文を間違えただけじゃない。間違いは誰にでもあるコトよね」
 同意を求めて振り返る。が、誰もうなずかない。真理なのに。まあ、疲れ切ってそんな力もないのかもしれないわね。あたしは寛容だから許す。
「たまに間違えるのと、いつも間違えるのは違いますね」とあくまでも優しくセルフォ。
「あたしがいつも間違えてるっての?」
「正しくは違いますね」
「でしょ?」
 セルフォはあたしの目を上からのぞき込んだ。ほとんど色のない青い瞳は他人の心さえ見透かしてしまうように神秘的な輝きを宿している。
「正確には、攻撃魔法はいつも成功するものの、防御や天候の魔法はほとんどいつも間違うか失敗していますね」
「う……」
 図星を指されて、あたしは唸りを上げた。仕方ないじゃない。魔法学校でも屈指の天才と言われたあたしでも、苦手はあるわよ。
「確かに地水火風の四元素の攻撃魔法すべてを身につけたのは素晴らしいですね。二つ以上の元素魔法をひとりで覚えるのは非常に難しいですから。でも、それ以外の魔法が全然駄目というのでは片手落ちですね」
 まるでセルフォがあたしの考えを読んだように言った。
 わかってるわよ。魔法使いとしては半人前だっていうんでしょ。自分では認めているコトだって、他人に落ち着いて言われると何だか腹が立つ。
 でも、防御魔法はセルフォの精霊召還で間に合うし、回復魔法はトレグの神聖治癒で充分なんだから、本当をいうと別にあたしが使えなくったって問題ないはずよね。攻撃力だけは充分にあるんだから。
 ああ、そう。言い忘れてたけど、あたしたちはドラゴン退治専門の賞金稼ぎ。
 といっても、実はあたしたち五人がパーティになって、まだ二年しかたっていない。その間、一回も肝心のドラゴンを倒してない。ずっと酒場の用心棒やら皿洗いやら半端な仕事で食いつなぎ、ようやく見つけたのが今回が仕事だった、んだけど……。
「それが一コルにもならないなんて、そんなバカな話ないわよ」
 思わず声を荒らげる。
 みっともないけど、お陰でお腹が情けない音を立てた。
「金どころか、飯ももらい損ねたからな」
 バスがむっすりとつぶやく。お腹が空いてくると目に見えて不機嫌になるのがバスだ。ドワーフ特有のたくましさと力強さと心強さを兼ね備えてるのに、この欠点だけはどうしようもない。
「契約不履行ときたもんだ。ケチくさい連中だな、まったく……」
「確かに契約不履行には該当しませんね。少なくとも契約にあったとおり、村を襲ってくるドラゴンを倒した訳ですから」
「そーよ! 契約には家を壊すなとは書いてなかったわ」
 セルフォの静かな言葉に、あたしも同調する。
「しかし、村を破壊から守るという一文はあったぜ」
 横に並んだガティがぼそっと言ったのを聞きとがめて、視線を向ける。
「あんた、どっちの味方よ?」
「どっちって、俺は単に事実を言っただけだぜ」
「トレグ、あなたはあたしの意見に賛成してくれるわよねぇ?」
 後ろからついてくる僧侶のトレグに訊く。トレグ・ナレグというおかしな名前は本名ではなく、僧名らしい。バスと一緒に旅をしてて、二年前にあたしたちと組んだんだけど、あまりしゃべらないせいで、あたしも詳しいコトは知らない。でも、物も言わずにそっと立ってると、何だか守ってあげたいって気持ちになっちゃうのよね。色白の整った顔立ちだし。
「ええ、まあ、そうですね」
「ほら、トレグも同じ意見じゃない」
 煮え切らない返事をあたし風に解釈して、ガティに視線を向ける。勝ち誇った表情だったかもしれない。
「クリス、おめえが得意になったって飯は宙から降ってこねえんだ」
 勝利の気分はバスの台詞で打ち砕かれてしまった。
「そのとおりですね」
「何なら村に引き返すか? ま、鍬やら鎌で痛い目にあわされるのが目に見えるけどな」
「わかってるわよ、そんなコト!」
 追い打ちをかけるようなガティの台詞に、あたしはそっぽを向いた。
 その時だった。
 流れ星が西の空に流れていったのは――。
 ただの流れ星じゃない。さっきから幾つも光っていたような輝きじゃなく、見たコトもないほど大きく、まぶしく光っていた。それにほんの数秒で消えるはずなのに、消えるどころかさらに大きくなって降ってきた。
「え?」
 あたしが見ている間にも輝きは真っ赤になり、幾つかに分裂した。しばらくしてからドンッと爆音が轟き、分かれた破片に取り巻かれた大きな輝きが西の山に落ちていく。
 一瞬後、轟音と共に地面が揺れた。かなり離れているはずなのに、足元がビリビリと震えている。
 なんなのよ、これ?
 あたしは不安になって思わず足元と空を交互に見てしまった。
「星が降ってきおったな」
 バスだけがさほど驚いた様子がない。それどころか嬉しそうだ。
「ちょっとは運が向いてきたかな」
「何よ、それ?」
 あたしが訊くと、バスはにんまりと笑みを浮かべる。
「星のかけらからは質のいい鉄鉱石が採れるんだ」
 鍛冶に関してはドワーフにかなう相手はいない。バスの持っている斧を見てもそれはわかる。刃なんて触っただけで指が真っ二つに切れてしまいそうだ。
「あの音だと、かなり大きなかけらだな」
「儲けられそう?」
 バスの言葉に思わず期待してしまう。
「それどころじゃねぇ。五人で三年くらいは遊んで暮らせるぜ」
「決まりね!」
 あたしは反射的に声を張り上げた。それだけあれば充分だわ。
「とっとと行きましょ!」
 決めかねているガティの背中を叩き、みんなに振り向いた。
「どうせ他に儲け口もないんだからさ」
「この状況じゃ穴掘りも仕方ないか……」
 ガティがため息を漏らす。没落したとはいっても一応騎士の家系だから、泥にまみれるのは屈辱的なんだろう。でも、あたしの知ったコトじゃない。
「目標は山の向こうよ!」
 あたしは先頭に立って意気揚々と歩き始めた。


3:何なの、コレ?

 まだぬかるんでいる山道を足元どろどろにしながら登るコト、数時間。ようやく星のかけらが落ちてきたと思われる谷を見下ろす崖っぷちにたどり着いた時には足は棒のようになり、一歩一歩がまるで鉛を足首から太ももに縛りつけられているような状態になっていた……。
 ああ、頭まで棒になってるから、こんな硬いコト考えるのね。
 念の為、言っとくけど、あたしが弱かった訳じゃなくって、バス以外のみんなもあたし以上に疲れ切ってたのよ。トレグなんて肩で息をしてるくらいだから、あたしの方が数倍――まあ、そうね、一・五倍くらいはマシってところね。
 普段は汗もかかないようなセルフォが額をぬぐっているくらいだ。まあ、周りの熱気も関係してるかもしれない。まだ落下地点も見えてないってのに、辺り一面の木々は燃え残りの炭のようになって突っ立っていた。所々でまだ炎がパチパチと弾けながら燃えてるし、シュウシュウと蒸気が立ち上っている所もある。
「暑いわねぇ……」
 あたしは自分でも情けないと思いながら、頬に流れ落ちてきた滝のような汗をぬぐった。あたしの場合は澄み切った小川と表現したいけど、ちょっと量が多かった。
「この状態を見て、それだけか?」
 ガティが呆れた声を上げる。
 そんなコトいったって、さっきの村とあんまり変わんないじゃないの。
 あたしは下の谷に広がっている光景を見て思った。
 谷の底には何にもない。地面がえぐられて溝のような物がずっと先まで続いているだけだ。その両脇にはさっき言ったように燃え残りの木がまばらに立っている。もう少し奥に入るとかなりの木がくすぶってるけど、谷の木の半分くらいは炭も残らなかったんじゃないかと思う。
 真っ暗な中で炎がちらちら燃えているだけなので見えるのはこれくらいだ。
「この様子だと、こっちの方から落ちてきたみたいだな」
 バスはあたしたちがやってきた方向から、谷に向かって手を振ってみせた。
 まあ、誰だってこれを見たらわかるわね。
「そうすっと、星のかけらってのは向こうにあるんだな」
 ガティが谷の奥を指さす。
「そうだな」
 バスの答えに、あたしはセルフォに訊いてみた。
「見える?」
「さすがに私でも見えませんね。かなり遠いようです」
「それじゃ、もうしばらく歩きね」
「仕方ねえわな」
 唸り声を上げるバス。それを聞いたガティが大きなため息を漏らすと、間の抜けたコトを言い出した。
「なあ、その前にどこかで食料を調達してこないか?」
「どこかってどこ!?」
 誰かさんが間違って賛成するより早く、あたしはピシッと声を上げた。金儲けがかかってんのに、そんな悠長なコトしてる訳にはいかないわ。
「ちょっと戻った所に民家があったじゃないか」
「ちょっと? かなりよ」
「大した時間じゃないだろう?」
「そんなコト言って、誰かに先越されたらどーすんのよ!?」
「こんな山奥、誰が来るんだよ?」
「あっそ。それじゃ、もし誰かに取られたらあんたが責任持ってくれるのね?」
「い、いや、そういう訳じゃないけど」
「じゃ、文句言わずにとっとと歩く!」
 あたしの一喝でガティは肩を落として歩き出した。まあ、あたしに勝とうなんて二、三〇年早いわ。
 とはいえ――。
 あたしもちょっと疲れているのは確か。
 聞き苦しくない程度の小さなため息を漏らし、あたしは谷底に向かって足場の悪い斜面を降り始めた。
 それからどれくらい歩いただろう。
 村から出た時には北西の空に輝いていた蛙座がもうすぐ西に沈もうとしている。
 まだかしら……。
 そう考えて、あたしは頭を振った。後ろからガティの大きなため息が聞こえてきたからだ。
 あー、やだやだ。金儲けに労力を惜しむとろくなコトがないのは経験からわかってるってのに。
 ちょっと説教してやろうかしら。
 そう思って振り返ろうとした時、先頭のセルフォが息も乱れていない静かな声で言った。
「見えてきましたよ」
 あたしは自然に浮かんでくる笑みを押し殺すと、首をひん曲げて前に視線を向けた。星明かりしかない闇の見透かそうとする。
「見えないわよ」
「まだしばらく距離がありますからね。もう少し進めば見えてくるでしょう」
 セルフォが言うと、バスも同意した。ドワーフはあたしたちよりは夜目が利く。
「もうしばらくの辛抱だ」
 バスの低い声にうなずくと、あたしは決然と歩き出した。
 ところが、よ。
 いつまでたっても何も見えてこないじゃない。目の前には真っ暗な闇があるだけ。闇は途中で切れて夜空に変わっているが、多分、山の端だろう。その上には星が瞬いている。蛙座は完全に沈んで見えない。
「一体どこにあるのよ?」
 あたしはついに我慢しきれなくなって、振り返ってセルフォに訊いた。
「これだけ歩いて着くどころか見えもしないじゃない?」
 あたしの質問に、セルフォは憎ったらしいくらい落ち着いて答えた。
「目の前にありますよ」と。
「ええっ!?」
 あたしは魔法学校のお馬鹿な生徒になったような気分で手を突きだした。
 だってそうじゃない? 質問したら答えは目の前にあるって言われたのよ。学校によくいるよく確かめもしないで答えだけ訊くお馬鹿な生徒と一緒じゃないの。
 人差し指の先が何か硬い物に触れた。
「こ……れ?」
 手のひらで触ってみると、体温と同じくらいの暖かさがある。
「これが、星のかけら?」
 あたしは真っ黒な小山のような塊を見上げた。
 かけらなんていうから手のひらに乗るくらいの大きさだとばっかり思ってた。これじゃ、星そのものじゃないの。
「ちょっと違うみたいだな」
 バスが唸るとセルフォも静かに同意した。
「そうですね」
「それじゃ何なのよ?」
「わかりませんね」
 セルフォの答えは素っ気ない。知ったかぶりしないのはいいんだけど。
「バスは?」
「わからん」
 さらに素っ気ない声が返る。まあ、バスに色気を期待する方が間違ってるんだけど。
「なんなのかしらね、これ?」
 あたしははっきりと見えない黒い塊を見上げた。
「何とか金儲けの種にしなくちゃ」
 真剣にそう思った。さもなきゃ、ここまで長々と歩き、疲れ果てた苦労が無駄になってしまう。それだけは許せない。
 セルフォが火の精霊を召還したお陰で、辺りの様子は少し見えるようになった。でも、肝心の塊は何も見えない。黒いままだ。光の照り返しもない。
 魔法でもかけてるのかしら?
 そう思ったほど、闇の塊のようにしか見えない。でもそうじゃないのはわかってる。魔法が掛けられてるんならあたしにわからないはずはない。これでも魔法学校主席卒業者だ。攻撃魔法に限るけど。
「こりゃ鋼 だな」
 少し離れたところで自慢の斧で塊を削ろうとしていたバスがつぶやいた。もちろん、あたしは聞き逃さない。
「それじゃ鉄の塊?」
 一瞬、あたしの頭の中で何かがピカッと輝いた。丸ごと鉄なら鉄鉱石より儲けの率が高いじゃないの。
 でも、残念ながら輝きは一瞬だけだった。どうやってこの大きさもわからない塊を運び出すかわからなかったからだ。それに追い打ちをかけるようにバスの声。
「鉄と鋼じゃえらい違いだぜ、おい」
 バスはぼんやりした明かりの下で顔をしかめてみせた。もっともドワーフの顔って元々大きなシワがあって、一見気むずかしそうだからあんまり変わらなかったけど。
「鋼ってのはな、わしらが鉄を叩きのめして、焼きを入れてやって初めてできるもんなんだ。そうしてやるとただの鉄よりゃ遥かに強くなるんだ」
「つまり、これは誰かが造ったっての?」
 あたしは一歩下がって塊を見回した。
 とてもじゃないけど、誰かが造ったようには見えない。こんな大きな物を造ろうと思ったら、一国の王様かよほどの豪商でもないと駄目だろう。といっても、そんな連中がわざわざこんな山の中にこんな物を造るとも思えない。
「セルフォの意見はどう?」
 ちょっと期待して一番知識のあるエルフに尋ねてみる。
「私の知識の中にある物で、これに近い物は――」
「うんうん?」
「ありませんね」
 役立たず……。思わせぶりなところで切らないでよ。
「俺も見たこたぁないな」
「あんたに訊いてないわよ、ガティ」
 あたしは腕を組んで深く深く考え込んだ。
 あ〜あ。これじゃ儲けにならないんじゃないかな。どっかにいい仕事でもないもんかしら……。
 どこからか声が聞こえてきたのは、その時だった。
「仕事、いりませんか?」
 声は確かにこう言っていた――。


4:仕事?

「何か言ったか?」
 そう訊いてきたのはバスだ。
 誰に訊いたのかはわからない。あたしも同じ質問をしようとしていたからだ。
「いや」
「いいえ」
「私ではありません」
 残りの三人が同時に反応した。当然、みんなあたしを見る。
「あたしじゃないわよ」
 当たり前じゃない。声は男だったんだから。
「でも、女の人の声っぽかったです」
 トレグが言う。
「ちょ、ちょっと! あたしが――」
「ありゃ男じゃねえな」
 バスがあたしの声を遮った。礼儀知らずを非難しようにも、これじゃあたしが不利だ。
「仕事が欲しくて独り言でも漏らしたんじゃないのか?」
 ガティがからかうように言う。さっきの仕返しのつもりかしら。
「あたしがそんなみっともないコトする訳ないでしょ!?」
 声を荒らげた時、声がもう一度聞こえた。
「仕事、いりませんか?」
 自分がしゃべっている途中に割り込まれたせいで潔白が証明された。でも、そんなコトはこの際放っておこう。それより問題は――。
「誰だっ!?」とか、
「どこにいるんですか?」とか、
 ガティたちが叫んでいるけど、肝心なのはそんなコトじゃない。
「どんな仕事よ?」
 これよ。
「お、おい、クリス!」
 ガティがあたしに声を上げる。あたしは商談に入ろうとするのを邪魔されて不機嫌な声で返した。
「何よ、仕事がいらないの?」
「そういう問題じゃないだろう?」
「じゃ、どんな問題なのよ? 仕事いらない訳? あなた、見つけてくれるの?」
「そ、そうじゃなくってだな……」
「はっきり言いなさいよ」
「相手が誰かもわからないのに……」
「そんなのこれから交渉すりゃわかるじゃないの」
 ガティを黙らせると、あたしはもう一度声を張り上げた。
「どんな仕事なのよ?」
「ドラゴンを退治して欲しいのです」
 男でも女でもない声は、はっきりと、確かに、そう言った。
 やった!
 歓声を上げる心を抑えつけて、なるべく静かに確認する。
「ドラゴンって言った?」
「そうです」
「どのクラスかによるけど、ドラゴンはかなり値が張るわよ?」
「それは問題ありません」
 問題ない――相手はかなりの金持ちか、それとも詐欺を企む悪者だ。
 気をつけろよというように、バスが自分の目尻を指さした。あたしはわかってるという合図を返してやった。
 相手がどっちでも、こっちには損はない。金持ちなら金をふんだくり、詐欺師なら逆にのしてやるだけだ。
 あたしは心の中で舌なめずり――いや、ほくそ笑んだ。
「じゃ、契約の前に確認するわね?」
「どうぞ」
「それじゃまず――」
 あたしはちょっと考えてから訊いた。
「まずは、相手の種類ね」
「種類? ドラゴンにはそんなに種類がいるのですか?」
 当たり前のコトを質問されて、あたしは顔をしかめた。常識だ。ざっと分けただけでも陸棲・水棲・空棲の三種。陸棲だけでも、あたしたちがさっき倒したサラマンダーやヒュドラなど四つもいる。全部数えたら何種類いるのか、あたしは知らない。
「じゃ、大きさは?」
「体高はそちらの単位で七リイト。体重は二四〇ロウドというところでしょうか」
 あたしはその数字を聞いて一瞬何のことだかわからなかった。だって、ドラゴンの全長や体重を計ったコトなんかないし、計ったとしてもリイトだとかロウドなんて単位が出てくる訳がない。七リイトといえばちょっとした大男程度だし、二四〇ロウドは普通の大人二人分だ。ドラゴンなら少なくとも十倍になるはずだ。
「なんだ、そりゃ? そんな奴にやられてんのか?」
 バスが馬鹿にした声を出した。馬鹿にされても仕方ない。
「えらく小さいけど、強いの?」
 あたしは馬鹿らしいと思いながらも交渉係の手前、続けるコトにした。
「すでに我々の船が百機以上やられています」
「船? それじゃ、そのドラゴンは水棲か?」
 これはガティ。いつも口をはさまないと気が済まないんだから。
「いえ、陸棲です」
「船っていったじゃないか?」
「ええ、我々の船です」
「陸棲のドラゴンがどうやって百隻も沈められるんだよ?」
 ガティがもっともな疑問を投げかけた。あんまり当たり前なんで、あたしは訊くのをためらったくらいだ。
「飛んでいるからです」
「飛んで? それじゃ空棲じゃないか?」
「いえ、自力では飛べません」
 あたしは答えを聞いて眉を寄せた。
「じゃ、何? そいつは鳥か何かに乗ってるっての?」
「そういうコトです」
 しばらくしてから返ってきた答えを聞いて、あたしはしかめた顔をさらにしかめた。何か隠してる。そう確信したからだ。
「そんな頭のいいドラゴンなんてなァ聞いたコトもねえな」
 バスが疑わしげな声を漏らす。あたしだってそうだ。ドラゴンが自分以外の動物や道具を使うなんて話は見たコトも聞いたコトもない。大体、何も使わなくても他の生き物よりも強いんだから。
 あたしたちの不信感を察したように、姿なき声は淡々と言った。
「わかりました。お見せしましょう」
 どうやってよ?
 そう言おうとした瞬間、あたしの目の前に部屋が現れた。
「な、何これ!?」
 一歩後じさりながら声を上げる。いきなりだ。びっくりしない方がおかしい。
 わあっとかうおっとかいう声が周りから聞こえる。バスとガティ、トレグだ。セルフォは、ううむ……と低く唸っただけ。エルフってやっぱりかわいくないわ。
「魔法か!?」
 ガティの声にあたしは首を振ってやった。
 魔法なんかじゃない。魔法を使ったら、あたしにもわかる。頭の後ろがひきつれるからだ。でも、それがない。
 何がどうなっているのかわかんないけど、目の前の部屋が本物じゃないのはわかった。まるで薄いカーテンみたいに向こう側の鋼の塊や四人の姿が透けて見えているからだ。
 それにしても――。
「奇麗……」
 あたしはその部屋をじっくりと見てうっとりしてしまった。
 円形のテントのような部屋だ。その壁には色とりどりの光が輝いている。ロウソクとかランプの光じゃない。まるで太陽の光をそのまま小さくしたようだ。それが赤や緑、青や黄に輝いている。点いたり消えたりしているものもある。そうかと思うと、蛇がのたうつような線を描いている光もある。部屋の中が薄暗いせいもあって、小さな光は余計に奇麗に見える。
「何かいるぞ!」
 せっかくの気分をガティの無遠慮な声が台無しにした。
 確かに部屋の真ん中に何かあるのはわかってた。見えてたけど、黙ってただけよ。
 真ん中は床が数段高くなっていた。芝居の舞台みたいに迫り上がっている。その上にさらに高くなった部分がある。大きなイスを後ろから見ているみたいだ。誰かが座っているのか、肘がちらちらと動いている。
 と、いきなりあたしが動いた。
 違うわよ。あたしは動いてないのに見えている光景だけが動いたのよ。どんな魔法使ってるのかわからないけど、ややこしいったらないわ。
 ちょうど真ん中の舞台に沿って歩くように回り込み、イスの正面に向かい合った。
 その途端、あたしは目を見開いていた。みっともないけど、多分みんなそうだろう。さすがに確認してるだけの余裕はなかったけど、セルフォからも驚きの声が漏れるのを聞いた、気がする。
 そこに座っていたのは――。
 馬鹿にされるのを覚悟でいうわよ。
「ドラゴンじゃねーか!」
 ガティが馬鹿でかい声を上げてくれた。今度ばかりは思わず感謝したくなったわ。
 鉄で作ったようなごっついイスに座っていたのは、ガティのいう通り、ドラゴンだった。
 前にせり出した鼻面、口の端からはみ出した牙、大きな爪の伸びた指――。
 見るからにドラゴン以外の何物でもない。イスの後ろからは短い尻尾まで伸びている。
 ところがよ。
「生意気ね、こいつ……」
 あたしがつぶやいたのには訳がある。
 イスに座ってるだけでも生意気だってのに、そいつは服を着ていた。しかも、コトもあろうにあたしよりも遥かに高価そうな服だった。
 うらやましいなんて言葉は死んだっていえない。あたしは歯を食いしばった。
「なんだ、こいつ!? 俺たちより金持ちみたいだな」
 自分がみじめになるようなコトを平気で言えるのはガティくらいだ。
「いやあ、あんた、運がよかったじゃねーか。俺たちゃドラゴン退治の専門家なんだぜ」
 ガティがのー天気に笑うのをじろっと見て黙らせると、あたしは大きく息を吸い込んだ。
「一体、こいつは何? あたしたちはこんな奴を見たコトはないわ」
 目の前の威張りくさったドラゴンから目を離さないで言う。いくら薄ぼんやりとしてるとはいえ、万が一何かの魔法だった時の用心だ。幻影でも人は殺せる。
「今お目に掛けたのが私たちと戦っているドラゴンです」
 声が答えると、すうっと目の前から輝きに満ちた部屋とドラゴンが消えた。あっという間に何もなかった最初の状態に戻ってしまう。
 何だか妙に急いで消したみたいだ。まるで、あたしたちにあんまり長い間見させたくないみたいじゃない? ますますうさんくさい。
「それにしても、そんなに強そうにも見えなかったけどね」
「今お見せしたのは一人、いえ、一匹ですが、ドラゴンたちは集団で活動するのです」
「群を作ってるっての? 牛みたいに?」
 あたしは眉をひそめた。とてもじゃないけど信じられない。ちょっと想像してみたけど、ぞっとしない光景だった。
「難しい仕事になりそうだな。条件は厳しくなるぜ」
 あたしが黙ってる間にバスが交渉を再開していた。ま、先に進めないとどうしようもないか。
「はい」
「よし、条件だ」
「なんでしょう?」
「まず飯だ。それに旅の間の宿代、飯代はすべてそちら持ちだぞ」
「う……」
 あたしは思わず情けなさに呻きを漏らしてしまった。せめて報酬の話から入って欲しかった。空腹のバスにそれを要求するのは無理かもしれないけどさ。
 バスの言葉に答えはすぐに返ってきた。
「それくらいでしたら問題はありません。私の中には炭素系生物五人が五年間暮らしていける食料が備蓄されていますから」
「何? たんそけい?」
「いえ、こちらの話です。とにかく食料は大丈夫です。お口に合うかどうかはわかりませんが」
 あたしの突っ込みに、声が慌てたように言いつくろった。意味はわからないけど、その辺りもますます怪しい。
「ようし。後は報酬だが――」
「金ですか?」
「話が早いじゃねえか。幾ら用意できる?」
「今すぐですと五〇ラグです。基地に――」
「五〇っ!?」
 あたしとバス、ガティの叫びが同時に上がった。小さくトレグの声も聞こえる。お陰で何か言いかけた声はかき消されてしまう。
 金塊五〇ラグといえば大人三人がかりでやっと持てるくらいの重さだ。没落貴族の財政を立て直しても充分に余る。ガティの声がひっくり返ったのも仕方ない。バスが声を上げたのは、多分それで好きな火酒と燻し鶏がどれだけ食べられるか計算したからだろう。まあ、バスの頭じゃたくさんってコト以上はわからなかったと思うけど。
「わかった! 引き受けてやろう!!」
 もっと粘りなさいよと言いたかったけど、さすがのあたしもすぐには口がきけなかった。バスの食欲だけが金銭欲に勝てた。ガティもあたしと一緒だったし、セルフォには最初から欲がない。トレグは――あたしにはわからない。
「ありがとうございます。それでは今開けますから」
 開けるって何をよ?
 そう訊くより早く、静かだった周囲に低い音が響いてきた。
「な、何?」
 思わず左右を見回しながら一歩、いや、半歩よ、半歩後ずさってしまった。
 その一瞬前まで、目の前の物は真っ黒な鋼の塊だった。
 それが……。
「な、なんなのよ、これ!?」
 あたしの声は悲鳴みたいに聞こえたかもしれない。
 だって、真っ黒の表面がいきなり鏡みたいに輝きだしたんだもん。それに、眠っていたドラゴンが意識を取り戻して身動きしたような唸り。鋼の塊は今にも動き出しそうなほど震えていた。
 目に見えるようになったその姿はまるで――そう、まるで横倒しになった王宮で一番高い尖塔のようだ。しかも、それが輝いている。塔にロウソクと松明を幾つ並べたってこうはならない。
 おまけによ、あたしの目の前に穴が開いたのよ。
 それだけじゃない。
 その中におかしな物がいた。
 鉄で作った雪だるまみたいな物がまるで生きているみたいに鉄の腕を上に掲げた。挨拶のつもりかもしれない。そして、あたしたちに向かってしゃべりかけてきた。
「ドウゾドウゾ、ズズイット。入口ハコチラナンダナ」
 奇妙に硬い声。そいつは穴の中へと誘うように鉄の腕を振っていた。
 あたしはあ然としたまま、手を挙げると力なく振り返してしまった。

以下続く……